忍者ブログ
海難事故(十九日の日記)
朝、九時半ころに青島港を出て延岡へ向けて北上しました。台風はまだ沖縄あたりに停滞し、その後太平洋に沿って北上とのことだったが、まだ停滞中で波は三メートルから五メートルになるとの情報を得ました。風は東から北に変わるとのことで、海の狭い北からの風ならばそう高波にならないだろうと判断。五メートルの波は危険だが、延岡まで行けばそこまでいかないだろうと判断しての出航でした。
 出航時はかなり波浪はあったけど、ある程度沖に出れば大した波もなく順調に北上。
昼には宮崎市沿岸を通過し、さらに北上したあたりで、風がぱったりと止む。一時間ほどの凪となり、仮眠。夕刻に風が出てきて北の風。結局数キロ南に流されていてがっかり。仕方なく、北上。
その後も風は強まり、船は快調に走る。日が落ちて少し悩むが走ることにする。
風は北から東になる。走りやすいが、うねりをともなった大きな波が轟音とともに背後からせまる。四メートルの波を背後から受け、風を後ろから受けて走った経験もあり、緊張感はあったが、さほど恐怖心もなく走る。 

 確か、二十時過ぎて時計を見てから十数分後、いつもとは違う真っ白な波が轟音とともに押し寄せてきた。
 船はすさまじい衝撃で波にのまれ、その時点でマストはへし折れ、その他外装は粉々になる。水車など一瞬で無くなった。
 船は数回グルグルまわり裏返しに返る。僕は水中で息ができず、もうだめかと思いながらもなんとか水面に顔を出せたと思ったら、船が復元してくれた。
  
 ロープをしっかり抱いていたのでそのまま船に乗れ、急いでコクピットに入る。その瞬間、次の大波にのまれ再び、船はグルグルまわる。回れば船内は大量の荷物と机などの内装の破損物と大量の海水で巨大洗濯機状態。
 
 それでも必死で、水を汲み出す。船が沈没すればもう命はない。
 水は膝くらいまで浸水し、危険な量。それでも波を受けては、汲み出しを繰り返す。必死。
 幸いなのは、岸が遠くないことと、どうやら砂浜のようなこと。これが大隅半島の断崖絶壁だったなら、岩場に何度も叩き付けられまず助からない。
 
 波はどんどんと船を浜へ押し流し、あるとき、船の動きが止まった。底がつかえたのだ。
 タイミングを見て飛び込み、岸をめざし、泳ぐ。足がつく浅さだが、大波で今にもヨットが襲い掛かってきそうで慌てる。
 なんとか上陸し、砂浜に倒れこむ。たすかった。。。。
 絶対に死んでたまるかとは念じたが、恐ろしい死のにおいに包まれ続けた。
 死ななくて本当にうれしかった。涙すら出ず、ある種の放心状態に。
 砂浜からは、人の居そうなところを裸足でずぶ濡れのままさまよう。が、目の前にさらに川?ひょっとして無人島に漂着かと思って、再び泳ごうかと思ったら、舗装路に出て、陸続きだと判明。
 近くにいたクルマの人に助けを求め、警察へ通報していただく。
 すぐ近くに民宿があり、雨天のため、待たせてもらおうと声をかけると、熱いシャワーを貸していただき、休ませていただく。感謝と反省。
 上陸後、何度手を合わせたことか。
 全身打撲で体はズキズキするが、温まらないと低体温症になる。
 その後、警察の方が数人、先ほどのクルマの方も同席いただき、事情聴取。
 警察の方は、親切で心がホッとしました。ただ、警察の方も海難事故は管轄外で、海上保安庁の方に来てもらうことにする。
 日向から一時間ほどかけて海上保安庁の方が来られる。もう深夜。警察の方とは違い怖い。こんな日に事故では完全に自己責任で怒られて当然だ。
 まずは、ヨットが再び流されないように船体を固定しなければならない。これは僕の義務だが、歩くのがやっとでしかもまだ船は荒波の中のためお願いする。
 幸いヨットは完全に砂浜に打ち上げられていた。海上保安庁の方が写真などを撮り、僕も写る。どんな顔で写ればいいのか。。。
 その後、民宿にて詳しい取り調べ、事故の原因追究。厳しいお言葉をいただく。
 取り調べ後、深夜二時くらい、床につくが、なかなか寝付けない。 
 
 今回の事故は、「じてんしゃ図書館」の旅の中で一番の「失敗」です。
 原因は船の性能の過信と、それにともなう判断ミス。そのため、海上保安庁の方をはじめ、多くの方に大変なご迷惑をおかけし、深く反省をしています。自分にはどこか突っ走りすぎるところがあるなとは感じていましたが、それをリアルに痛感しました。
 本当に申し訳ありませんでした。
 
 今後、事故処理に時間、資金ともかかりますが、今後とも皆様、どうか見守って戴きたく思います。よろしくお願いいたします。
PR
【2011/09/20 19:13 】 | 未選択 | 有り難いご意見(7) | トラックバック(0)
有り難いご意見の編集













<<前ページ | ホーム | 次ページ>>