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朝、六時半起床。朝食の準備などを行い、七時半、友達が民宿まで来てくれる。
今日はどうも天気は雨だ。 四メートル近い「ろ」を車になんとか積載し、その他、自転車からダンボール箱もなんとか収めて出発。 民宿では、本当に本当にお世話になりました。心より感謝。 出発後、何度か積荷の確認をしながら、なんとか臼杵市まで到着。 フェリーに揺られて二時間半で四国は八幡浜市へ。 八幡浜からは松山まで高速を飛ばし、松山では父親が徳島から軽トラックを飛ばして来てくれており、荷物の載せ替え。 にぎやかすぎる夕食を終え、友達は市内ホテルへ。めちゃくちゃお世話になりました。 ほんとに無理をいって電車でいくところを車で行ってもらいました。 深夜には徳島県鳴門市の実家へ到着。ゆっくり休む。父に感謝。 |
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今日は朝、宮崎市内を出て、民宿まで三十分ほどで戻る。
もう「おかえり~」とゆわれる。 っと昼食の準備を手伝うが、今日は目の前の入り江でカヌーの試合のため、弁当を六十作る。もう作業もずいぶん慣れてきた。 夕刻には、三日間合宿していた高校生六十名が帰られ、静かになる。 夕食は五名と極端だ。 結局夕食は宴会場でカラオケをしながら、民宿のおとうさん、おかみさん、むすめさんと仕事で滞在されている人と僕で盛り上がる!平均年齢五十歳以上のため、演歌などがほとんどだが、僕も負けじと「男はつらいよ!」や北島三郎さんの「まつり」を熱唱する。着流しにたすきかけて、仕事用の前掛けして。 本当にあっという間の六日間だったけれど、とにかく楽しかったです!ありがとうございました。 |
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この日は朝六時に起きて手伝う。朝食も七十人ほど。。。朝は三時、四時から厨房は動いていて大変だ。少し寝坊だな。
昼食はカレーライス。比較的手間はかからないが、僕は泣きながら、玉ねぎ、ジャガイモをひたすら切る。 昼の片付けが終われば、枕崎から来た友達が来てくれて宮崎までいき、飲んかたをする。 友達は、素潜り漁をしていて十九日もダイビングのお客さんが出たいからと無理して出航したそうだが、やはり危険な波のため引き返したそうだ。 そしてこれは宮崎方面はもっとひどいだろうと、もし僕が出航していたらもう会えないだろうと思っていたらしい。 その後も、漁師さんの事故の話をいろいろと聞かせてくれた。海に出るのは本当に命がけなんだなあとつくづく感じた。 飲んかたは昼過ぎからはじまり、夜は宮崎市内に飲みに連れて行ってもらった。気持ちよく眠り、街のなかであらためて「助かったんだ」「生きてて本当によかった」と感じる。 数日後、実家に帰ったらまずは両親に謝らなくてはいけない。と、ともに、産み育ててくれたことに感謝していると話します。 |
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